2010-01-01から1年間の記事一覧

会報「阪神間の街道」をWEB公開しました

会員に配付していた会報「阪神間の街道」のバックナンバーをメインHPの方で、WEB公開しました。メインHP:阪神間の街道をあるく第1号の主な内容 太田南畝の野田藤見物 =今から200年前の野田・福島・曽根崎= 第2号の主な内容 津戸ノ中道 =秀吉中国大返しの…

[西宮市]所在が確認された上之町の厄神道道標

本文はこちらにあります。[西宮市]所在が確認された上之町の厄神道道標 Hatenaのシステムが変わり、私の環境(Mac版IE)では画像の貼り付けが出来なくなりましたので緊急避難しました。

[西宮市]郷土資料館に移設された旧はり半道標

本文はこちらにあります。 [西宮市]郷土資料館に移設された旧はり半道標(1)[西宮市]郷土資料館に移設された旧はり半道標(2)Hatenaのシステムが変わり、私の環境(Mac版IE)では画像の貼り付けが出来なくなりましたので緊急避難しました。

[尼崎市]救出された富松町の道標

富松町は阪急塚口駅と武庫之荘駅のほぼ中間にあり、一般には富松城跡のある町として知られています。 その富松町の一角に道標を兼ねたお地蔵さんがありました。 少し東の辻から移設されて来たとのことですが、ガードレールに守られ、立派な台座の上に据えら…

[大阪市]東中島の本庄街道道標

既に紹介した「宮原の横関街道道標」の近く、新大阪駅を挟んで南にもう一つの道標が残っています。 新大阪駅の東南、線路沿いの道から少し斜めに分岐しているのが横関街道で、その突当りのマンション入口脇に地蔵があります。 下2/3が道標を兼ねています。 …

[大阪市]宮原の横関街道道標

新大阪駅の北、住宅街の民家の前に道標が建っています。 交差点と言うわけでもなく、なんの変哲もない生活道路の途中にあり、どこか他の箇所から移設されてきたかのようです。 ところが現在の地図と明治初期の地形図を重ねてみると、この地点は旧北宮原村集…

[西宮市]門戸の荒神道尼大坂道道標

『西宮の道標』で「おおさかのさかが土へんのふるい道標」として取り上げられ、「たっているというよりも埋められていると表現がピッタリである」と紹介されています。 道標が面している南北の道は西宮と宝塚方面を結ぶ街道で、「有馬道」「中山道」などと呼…

[西宮市]郷土資料館の大阪道兵庫道道標

西宮市立郷土資料館には「広田の西国街道道標」の他にもう1基の道標が保管されています。 資料館の合田氏によれば、旧所在地も、資料館に持込まれたいきさつも不明だそうで、高さ約55cnの小さな道標です。 傷みが激しく、「大坂道」は鮮明ですが、その右面…

[西宮市]広田の西国街道道標

宮崎延光著『西宮の道標』のp42に「御手洗川の川底から引き上げられた道標」として紹介されています。同書には、西宮市中央体育館に保管されていると書かれていますので、何度も中央運動公園内を探索しましたが見つからず、西宮市立郷土資料館に問い合わせた…

[西宮市]鳴尾の旧国道道標

宮崎延光著『西宮の道標』p26に「ご用がすんで寄付者宅へ返された道標」として紹介されている道標を見に行っていきました。 現在も、同書に記載されている住所にあり、寄付者の身内の方により大切に保管されていましたので、お願いして敷地内に入れていただ…

[池田市]篠山街道★大阪府で一番短い街道

池田を通る街道と言えば、落語『池田の猪買』で知られる能勢街道が有名です。 能勢街道は、大阪方面から来て池田市街を貫き、猪名川の手前で直角に折れて北に向いますが、その曲がり角を直進して猪名川に至る短い道があります。 それが篠山街道です。 長さわ…

[西宮市]苦楽園の明礬谷温泉道標

西宮市立郷土資料館発行の『西宮歴史散歩案内マップ』には、苦楽園五番町に「明礬谷温泉」道標があると記載されています。 西宮市内の街道や古道とは関係なくポツンと存在しているので、今まで未調査のままでしたが、今回、はじめて訪問してみました。 郷土…